第4章 審判員の心得と業務


1.<現場対応の心理とは>

□予想外のことへの対応

 審判の現場では打合せ通りに行かないことが頻発する。さらには、予期せぬことの連続であるともいえる。このようなとき審判員は、とかく主催運営者に文句の一つも言いたくなるものである。
 しかしその瞬間にも大会は進行している。競技者は動いている。そこで考えたいのは、「どうしたらその場で問題を解決し、難局を打開できるか」であり、それをいち早く実践することではないか。
 責任を追求するために文句を言えば、言ったほうはサッパリするだろうが、言われた方は、それが正しくても気持ちが落ち込んでくるだろう。さらにミスを重ねる心理状況に追い込むことになってしまう。

実例1:

 スイムが中止となり、砂浜でのランが慌ただしいなかで始まった。往復コースの折り返し地点にはコーンが置かれている。Uターンをするたびにコーナーがえぐれ穴が開いたような状態となってしまった。数百名の選手の力強い足が、コース状況を変えてしまったといえる。
 大会後の審判反省会で、現場にいた審判員から報告があった。「砂浜のランは不適である」。しかし、運営上から他に選択の余地はなく、事前から決めてあったことであった。
 その場の審判員は、スタッフを指導して対処するか、みずからがその穴を埋めるか、少しばかりコーンの位置をずらせば対処できたのではないか。

実例2:

 スイムスタートの管理に手違いがあり、砂浜から入水した選手全員が、スタートラインに揃わないうちにスタートの号砲が鳴ってしまった。
 初歩的なミスであるが、よく起こることである。その場にいた審判員は、「ラインに付けなかった選手が可哀相ではないか。どうするんだ、この責任は...」と運営スタッフに言い寄っている。
 確かに重大なミスであるが、すでに競技は進行している。この現場で責任を追求するよりは、次に何をすべきかを判断することがより重要である。責任問題や改善すべき問題は、競技が終了してからでよいことがある。

2.<ユニフォームと基本注意>

□概要

 社会人としての良識ある言動の基本は、日常の整った、その場に即した服装から始まる。人間はユニフォーム(制服)が、何となく緊張感を漂わせていることを感じるものだ。これを着用している人間に信頼感が生まれる。この人間心理は大いに審判業務に活用したい。
 さらに、世界選手権やワールドカップでは、厳しい「ユニフォーム規定」が選手に適用されている。
 「ウェアを正しく」というのは、審判員の管理事項であり、乱れたユニフォームに注意を与える立場である。注意を与える側の服装が不統一では、説得力に欠ける。

□具体例:

 一般的には、襟の付いたポロシャツにコットンパンツそしてカジュアルシューズといえるだろう。一般審判業務には、ブルージーンズやバミューダーパンツなどは適当とはいえずサンダルなども不適と考えたい。
 ただし、技術審判員として設営業務やスイム審判員などでは特例として認められることもあるだろう。
 Tシャツについては、大会Tシャツは適当なものである。スポーツ関係のTシャツについては、許容範囲といえるが、他大会のものは避けたい。
 また、ポロシャツやパーカーなどについても、競合スポンサーあるいは他大会のロゴなどが際立っているものは避けたい。

 *ITUでは、赤/黄と黒を基調としたマーシャルジャケットを公式としている。また、ズボンは黒の長めのハーフパンツを推奨している。

□JTU公式ユニフォーム

 98年度より、公式ユニフォームを導入している。また、夏場の暑さを考慮し、ハーフパンツ(コットン/黒)を採用している。
  1. JTUマーシャルベスト(着用義務)
      第3種公認審判員    黒とオレンジ
      第2種公認審判員    黒とイエロー
      第2種上級公認審判員  黒とホワイト
      第1種公認審判員    黒とホワイト
      女子公認審判員     黒とピンク(共通)
  2. 女子審判員ベストを全種別とも共通とした理由は、女子の審判活動をアピールし、女性選手が認識しやすい効果を考えてのものである。
  3. 審判長やチーフレベルさらにはバイクマーシャルなどには、認識を高めるため反射ベルトなどを検討中。

□携帯品目

 JTU公認審判員は、次を必須備品として各自が持参するよう心得たい。また、業務によりメガフォンなどの特殊用具が必要なときは、大会主催者に依頼するばかりでなく、みずから持参することを推奨する。

<ウェア類>

  1. JTU公式マーシャル・ベスト
  2. JTU公式ウェア・キャップ類
  3. レインウェア上下(ビニールカッパやコートは、緊急時以外は不適)
  4. バイクマーシャルは、ヘルメットを持参する。(女子用は赤系を推奨)
  5. 季節により手袋、防寒用具なども用意

<認識証>

  1. 審判員証とビニールケース:
     マーシャルベストの黒地部分の上部(JTUロゴマークと平行な位置)に止めて表示する。
     会期中、審判員証をジャケットやポロシャツに掲示することを推奨する。

<書類関係>

  1. ルールブック
  2. ローカルルール
  3. マーシャル報告
  4. メモ帳(携帯筆記用具)

<必須備品>

  1. ホイッスル(バイクマーシャルは紛失に備え2個用意)
  2. イエロー/レッドカード
  3. 安全ピン(レースナンバー外れに対応)

<推奨備品>

  1. 携帯電話(雨天用ビニールホルダー)
  2. ハンディ・メガフォン
  3. 電子メモリー機器

□法定備品

 特定のポストには「法的に規定された用具」があり、これを使用する。監視・救助艇に乗船する審判員もライフジャケットを着用する。
 バイクマーシャルは、規定のヘルメットを着用しウェアなど安全対策を講じる。

□特別ウェア

 水に濡れるスイムスタート担当など特別な場合を除き指定のウェアを着用する。また、スイム担当者でも、スイムパンツではなく短パンを着用する。

□サングラス

 特別な理由がある場合(バイク乗車など)を除き、使用を控える。使用する場合でも、クリアー度の高いものを奨励する。
 サングラスは、一般に紫外線に弱い外国人には必須備品として理解されている。日本人でも特に弱い人には、これを禁止するものではない。ただし、クリアーなものでも紫外線を弱めるものがあり、これでもだめな場合のみダーク系サングラスを審判長の許可を受けて使用する。

3.<審判員の動きと注意>

□陸上競技審判ハンドブックから

 日本陸上競技連盟の「陸上競技審判ハンドブック 1997-2000年版」の「態度について」には、下記のことが明記されている。
 陸上競技とトライアスロンは、審判内容にも違いがあるが、学ぶべきことは多い。

 以下、本文より抜粋:
 「審判員の服装はもちろんのこと、その態度も、競技者や観衆に不快の念を抱かせるようなものであってはならない。競技者をして気持ち良く競技に参加させ、競技会の雰囲気を明るく整然とするような態度が望ましい。
 競技場内で審判にあたっているときの姿勢は、それぞれの審判に応ずる合理的な姿勢が要求されるが、常に端正であることが望ましい。また、見苦しい態度をしてはならない。
 審判にあたっているときは、私語したり、他人に話しかけてはならない。例えば、監察員が椅子に腰かけているとき、足組みしたり、投てき審判員が腕組みをして試技を待つようなことは、厳に慎まなければならない。
 歩行は堅苦しいものでなく、整然としてスマートでありたい。特に配置につくとき、また待機位置にもどるときの行動は、団体行動をとり、歩調をそろえ、歩速も一定の速さ(標準1分間118歩、歩幅65cm)が望ましい。

□食事・休息

 指定の場所で見苦しくないように行う。喫煙は選手、関係者に目立つ所は避け、その影響がないよう配慮する。
 大会当日のアルコール類の飲料は、慎むべきであり、競技中以外でも選手・観客等に目立つようなことは避け、適量を心掛ける。

4.<選手に対し>

□ルールとマナー

 なぜ、スポーツの現場で「ルールとマナーがおろそかになるか」を審判員の立場からも考える。心理面での考察も必要であろう。
 「その場で注意する」そして、後になって「マナーがなってない」などと文句をいわない。

□日常のあいさつ

 「あいさつの励行」。選手そして関係者に対し、「おはようございます」で始まり「おつかれさまでした」で終わる基本を明快に。また、言動は、明るくはっきりと。

□選手は、良識ある社会人

 選手に高圧的な態度を取らない。例え違反を侵したと判断されても、「良識ある社会人である選手」に対し、理路整然とした説得力ある言動が必要である。
 時として、”社会人”の言動が乱れるのは、緊張感そして競技にのめり込むあまりのことである。また、スポーツを通じて、普段の緊張を解きほぐしたい気持ちの現れでもあるだろう。
 しかし、この理由だけで勝手な振る舞いを認めるわけにはいかない。いかに訓練の行き届いた選手であっても、「緊張と昂り、解放感のなかでは、非日常的な行動」を起こしやすい。これを理解し、的確で暖かみのある対応を行う。

□勇気付けと応援

 選手への「勇気付けの言葉」と「応援」の違いは微妙である。選手への特定の応援は禁止されるが、状況により選手への勇気付けの言葉は有効である。
 例えば、メカトラブルで四苦八苦している場合、審判員が手を差し延べてはいけないが、「あきらめないで、ガンバレ」などは勇気付けのことばと解釈されるだろう。「あと何メートルでエイドステーションがある、マイペースで走れ」なども勇気付けであろう。
 このような場面で気をつけなければいけないことは、感情移入が起こることである。一人の選手を勇気づけながら、他にも注意を払うことが大事である。審判はつくづく難しいことを実感する。

□難解な言語

 外国選手に対し、曖昧な言動は避ける。一般のマーシャルであれば外国語を分からなくても恥じることはない。求められることは、「分からないから、担当者あるいは通訳のところに行くよう」に指示することである。自信がないときは、必ず通訳を通し指示を与える。また通訳を必要な場所に配置する。
 数年前の航空機事故は、英語が母国語でないパイロットと管制塔との間に誤解が起こったためとされている。教訓としたい。
 トライアスロン大会でも、「ホイール(車輪)」を「オイル(油)」と取り違えた実例がある。

5.<観客の選手アシスト範囲>

□直接的な支援行為

 96年度JTUルールでは、<個人的援助の禁止>を「援助・助力とは、特定の競技者の優位のために直接的な支援行為を行うことであり、これを禁止する」と改定した。直接的とは、「物質的な支援行為」とも理解される。

◇大会の盛り上げ奨励

 選手に対し声援を送ることは歓迎すべきことである。審判員そしてスタッフが奨励してよいことである。大会を正しく盛り上げることは、審判業務の一貫と心得たい。
 「さあ、間もなくトップ選手が通過します。少し後ろに下がって、拍手をお願いします」などはスムーズに口をついて出るぐらいでありたい。

◇具体的アシスト例

 観客のなかのコーチあるいは関係者と見られる人が、同一チームの選手だけに、前走者とのタイム差を教えていたら、これは上記のルールに照らせばルール違反である。しかしこの判定はきわめて難しい。
 判断基準は、該当者がコース脇を選手と併走しながらこれを行っていたら、明らかに注意・警告の対象となるだろう。その場で注意を与えるのは、選手ではなく情報を与えた方である。
 この場合、審判員は、選手のレースナンバーをメモし状況を審判長に報告する。

◇観客違反の未然防止

 バイクコース上で、例えば、車を止め声援を送っている場合がある。スペアホイールを用意していたり、水を渡そうとしていたら「選手が失格になったり、警告が与えられないよう注意してください」とお願いすることが適切であろう。

◇緊急事例

 選手が極度の疲労状態で、見るにみかねて観客が水を渡したというような場合、「緊急事態における観客からの社会的通念による支援」と判断されるだろう。この場合でも、審判員は状況報告を行う。
 これに対する、判定事例は、選手権では失格、一般では警告であった。

◇ドーピングの件

 一般には起こりえないだろうが、観客が知らずに、あるいは何らかの意志を持ってドーピングに引っ掛かる成分を含んだドリンクを選手に手渡す可能性を考えなければならない。
 現実に、市販の栄養ドリンクや風邪薬に違反物質が認められている。

◇観客支援の区分

 全体として、観客から支援を受けた選手が、選手権を競うエリート選手であるのか、完走をひたすらめざす一般のエイジグループ選手かによって対応は別れることが基本的な考え方である。
 そのため、選手権などの区分に応じた、「ルール適用の範囲基準」は事前に協議する必要がある。理事会を代表し、主催者と審判長の橋渡役でもある技術代表が調整作業を行う。

適用例:

 トライアスロンの完走の素晴らしさが“同伴ゴール”という微笑ましい形で象徴されることがある。しかし、一般的にルール上これは認められない。そのため、特にロングディスタンスの大会では、一般参加選手に限定し、そしてローカルルールとして明記し、適当な管理のもとにこれを認めている。
 JTUでも、条件付きでこれを認めるルール化を進めている。

 ITUが「意図的な同着を禁止」したのは、エリート対応ルールであるからだ。
 ルール制定の理由は、オリンピック実施距離(現呼称:トライアスロン・ディスタンス/旧名称:オリンピック・ディスタンス)で開催された競技性の高い北京の国際大会で、これが起こったからである。

6.<審判の選手アシスト範囲>

□精神的アシストと適応区分

 「完走させてあげたい気持ち」審判員そして全員の気持ちである。
 この精神が具体的行為として発揮されてよいのは、エイジグループ選手に対してのものと理解したい。
 エリート選手に対しては、完走ではなく記録そして上位を目指して競い合っていることを理解する。
 このようなエリートの熾烈な状況で、一方にのみ精神的なものであってもアドバンテージを与えることはフェアではないだろう。

◇公知の事実1

 エイジグループ選手から、エイドステーションまでの距離、制限時間までの残り時間、を聞かれた場合、特にロングディスタンスの場合はこれに応えても良いだろう。 
 また、やっと走っているような一般選手に対して「あと少しでエイドステーションがある。ガンバッテください/ガンバレヨ」と声を掛けることは、不適当とはいえない。
 しかし、エリート選手の場合は、ルールの適用が厳しくなる。競技に直接係わるようなこと例えば、前後の順位など選手状況を教えたりすることは不適である。

◇公知の事実2

 コース上で立ち止まっている選手に対しては、どのような状況であるかを確認そして報告を行い「救護を求める」ことが適切である。
 バイクのメカトラブルについては、大会の公式メカニックサービスが設置されている場合は、その地点を教えることは許容範囲内と判断される。

◇選手の安全と公正な競技

 競技がおぼつかないような選手には、「大丈夫ですか」と声を掛ける。その返事によって状況を確認することが有効である。
 何の返事も反応もなければ、極限的な状況であることが予想される。「少し休んだほうがいいですよ」と、さらに声を掛け、状況を見守ることも必要である。この判断は難しいが、「選手の安全はすべてに優る」ことを原点としながらも、「公正な競技」と「特定選手とのかかわり過ぎによる他への配慮不足」との兼ね合いを考える。
 業務進行中の審判員の対応は、必要事項を確認した後に、他のスタッフあるいはエイドステーションに連絡し、応援を願うのが適切であろう。

◇積極的な救護

 選手に医療的救護を施すことは、大会医療スタッフの判断による。不安視される場合は、積極的に対応することがルール上も可能である。ドクター・ストップの範囲も審判員とメディカルスタッフが協議することである。
 さらに、医師の判断により競技に復帰することも許容されるだろう。同時に、競技続行に不安ありと判断された場合は、審判員は、競技中止を指示する権限も有していることを確認したい。

◇ルールの指示・指導

 全般において、審判員は「選手に対し、ルールに基づく指示を与える」ことができる。これにより「未然にルール違反を防止し、違反状況を速やかに適正な状態に戻させる」ことができる。

具体例:

 ドラフティング走行になりそうな選手に「ホイッスルを鳴らす、あるいは口頭で注意」する、また、「キープレフトから外れそうな選手に警告を与える」などである。
 キープレフトは、一般にコースの路肩または左端から1mから1m50cm程度である。コースのバランスからすれば1/2より左側、おおよそ1/3の範囲を示すと解釈できるだろう。

◇ルール適合状態への補助

 レースナンバー(ゼッケン) が外れている、シャツをまくり上げてナンバーが見えないなどは、即刻注意を与えなければならない。イエローカードにより競技を停止させる権限を有している。状況によっては、選手の前に立ちはだかって制止することもありえる。      
 審判員は、ピンを用意し暫定的な対応ができるよう配慮したい。広義における支援であるが、このような場合は、「ルール適合状態にするための審判員の適正な支援」の一つであるとされるものだ。

◇アシストの時間的範囲

 以上のように、「レース運営をスムーズにするための審判員アシスト」は、許容範囲であるとした。
 一方で、レースナンバーが正常な位置に戻らないからといって、延々とこれをアシストすることを奨励するものではない。基本的には「ほぼ瞬時に手を貸してやる」感覚が、アシストの許容範囲と考えたい。

 シャツの背中部分が、濡れた身体に引っ掛かってしまっておろせない。こんな場合は、審判員が後ろから引っ張ってやればすぐ元に戻るだろう。
 シューズのヒモが絡まってうまく履けない。こんな場合は、時間が掛かることが予想される。これは本人の責任とし、「落ちついて」と見守るのが適当であろう。
 後続の邪魔になるようであったら、「後続が来ますから、コースをあけてください」と指示することになるだろう。

7.<観客・報道関係者に対し>

□観客と報道者の心理

 観客は、「一生懸命頑張る競技者により接近して声援したい。感動をそばで分かち合いたい」と思って、コースをはみ出す。そして、報道関係者は、「仕事として良い写真を取らなければならない。迫真の写真は、接近すればするほどよいものとなる」。こうして、コースに最接近してくる。
 これを制御しすぎると興ざめの原因となり、許容しすぎると混乱が起こる。設備の整った大会では、ハードフェンスをコース間近に設定し、観客をできるだけ選手に近づける。報道には「メディア・ゾーン」を設ける。

□丁重な指示

 観客、報道関係者には、「優しく、暖かみのあることば」による対応が特に必要である。
 観客がコース上に出て応援をしている、あるいは報道関係者がコース上に出て撮影をしているなどがあった場合でも、「危険ですからコース上に出ないでください。お願いします」と、命令ではなく「選手の安全のために、協力をお願いします」の意思を込めて丁重に指示する。

□再三の指示無視

 もし報道関係者が、再三の注意にも係わらず危険な取材を止めない場合は、これを制止することが審判員の主要な業務である。
 ただし、このような場合でも命令口調は慎む。状況によっては、責任者あるいは本部に連絡し対応を補足する。

□報道への正確性

 報道関係者からの質問に対しては、「正確でていねい」でなければならない。大会前であれば、広報担当者を紹介する。競技中に質問を受け、その場で返答しなければならない状況があった場合、あいまいな返答はしない。
 「その点については、担当者/責任者が本部におりますので、お手数ですがそちらでご確認ください」といって対処する。

□あいまいさ(不確実性)の危険性

 選手のリタイア・事故などについての情報は不明瞭な場合が多い。「あやまって誇張されて伝わることがある」ので、必ず責任者をとおして確認してもらう。

□審判の位置

 観客、計測員そしてテレビやプレスカメラの視線をさえぎらない。事前にテレビカメラの位置を確認しておく。メディア関係者が集まりそうな場所を確認しておくことも必要である。
 分かっていても「選手に気を取られすぎて、カメラをさえぎってしまう」ことがしばしば見受けられる。

8.<ルールの適用についての基本注意>

□審判のルール順守

 「選手たちは、競技中はもとより、大会期間中においてもルールを守る」ことが義務付けられている。このことは、マーシャルそして関係スタッフにおいても同様である。

□ルールの広範囲な適用

 選手は、公式日程が始まる選手受付から、表彰式などの公式日程が終了するまで、主催者の管理下にある。
 そのため、練習中の言動、交通違反、ヘルメットの不着用は、その場で注意を与える。また、悪質な場合は、これを審判長に報告する。
 ITU管轄の大会では、大会1週間前からヘルメット不着用者を失格とすることがITU総会(95年度)で決定され、公式ルールとなった。

<運営の度合いに併せた裁定>

 運営が100点満点中75点と判断されるなら、裁定の度量もこれに比例して75/100(3/4=75%)にするべきではないか、という現実に即した提案がある。
 陸上のトラック競技の公認コースはミリ単位の精度が要求されている。競技種目によっては、風速も裁定基準に加味される。トライアスロンにおいても、波の状況、水温、気温、そしてコース運営状況によって裁定に柔軟性があってもよいのでは..とするものである。

事例1:

 スイムの制限タイム(40分とする)を設けた場合、重要なことは、どの地点で40分ちょうどを確定するかである。明確にする必要がある。
 ラインを設け、公式測定員を置くことになるだろう。最終フィニッシュと同様の厳格さが求められるかもしれない。通過時の混雑があった場合はどうするのかを取り決めないといけない。“40分1秒”を失格にすることは、運営側にも厳しい条件が求められることを忘れては、余りに「一方的な裁定」となってしまう。
 スイムの制限時間については、トライアスロンが3種目の連続競技であることを考え、トライアスロン競技の途中で、制限を設けることはできるだけ避けたいことが理解されるだろう。
 無理のない合理的な制限時間を設定することが必要である。そのため、スイム制限タイムよりは、バイクスタート制限のほうが合理的といえる。

9.<審判実務上のポイント>

□違反の未然防止

 違反者を罰する意識よりは、違反を出さないための事前の指示・指導が必要である。「違反を起こしそうな選手の状況」を予測する目を養う。
 違反に対しては、「なぜそうなったか」の原因を究明し、本人の意識改善を促す。「納得の行く裁定」のための情報収集と分析が求められる。

□違反の理由

 ルール違反は、主催者と審判態勢の不備によっても起こる。これらを事前に指摘し、速やかに改善することが必要である。
 口頭での説明で十分と考えてはいけない。主要なことは、書面で、公式掲示板で、さらにアナウンスやその他可能な方法で、何回も説明を繰り返す必要がある。

□判定規準

 不安定な海や高速で競技するトライアスロンは、判定がむずかしい。そのため、裁定に当たっては、相互連携により総合的な判断ができるよう配慮する。
 適切な判断のために情報を交換し、意見を交換する。それぞれの団体により主義主張が異なる場合があり、選手そして関係諸団体が、納得できるような裁定を心掛けなければいけない。
 大会での審判員とスタッフの基本連携は、次のとおりである。
 「大会スタッフ <==> 審判員 <==> 主任審判員 <==> 審判長 <==> 技術代表 <==> 実行委員長 <==> 大会会長 <==> 競技団体の理事会」

10.<技術代表の業務>

□大会と理事会の橋渡し

 技術代表は「所轄競技団体の理事会を代表し、大会趣旨を実現する役割」がある。また、技術代表は、JTU主催大会にのみ置かれるものではなく、各地の大会で導入することが必要である。
 主催地元に頻繁に行ける技術代表と所轄競技団体あるいはブロックから推薦された技術代表が、一体となって大会の技術面の向上に努める。
 さらに、JTUルールを尊重しながらも、大会の憲法ともいえる“大会趣旨”に則った「ルール適用の内容と度合い」を調整し、「選手が完走できるための体制」を整えるものである。

 そのため、「普及のためのルール」「女性の参加を促すルール」「若年競技者のためのルール」そして「プロレベルのルール」などが考慮されるものだろう。
 子供の大会で「JTU規則のロードレーサーを義務付けない。エアロバーの禁止」そして世界選手権エリート部門(51. 5キロ)そしてワールドカップでのドラフティング許可ルールなどはこの事例である。

 ワールドカップでは、審判長は、裁定に当たり技術代表に相談することを常としている。技術代表は、理事会を代表しえるアドバイスを行う。さらに、、裁定に対する判断を的確にするために、運営責任者をとおし確認を行う。
 これらの連携は、環境の変化に影響を受けやすいトライアスロンの特殊性に対応するため、国際的に実施されている有効な仕組みである。

□現場裁定の事例

 審判長と技術代表の対応例は、次ような状況が考えられる。
  1. 気象状況の変化によるコース、競技内容の変更、中止など
  2. 受付時間に遅れてきた選手の対応。理由の確認が重要。
  3. キープレフトを守りたかったが、左路肩付近に砂利で状況が悪く、安全を重視して注意しながらセンター付近を走行した。

□選手への失格宣告の独自性

 トライアスロンの特性から、競技中に失格宣告をされても、原則として、競技を停止させないで最後まで競技することを許容する。

 コースアウトさせるのは次の状況が考えられる。

  1. ユニフォーム無着用で、すぐ着用できる状況にない。
  2. 競技中、選手を殴る蹴るなど、明らかな危険行為があった。        

11.<違反告知と抗議>

□選手への公式告知

 大会結果(違反、警告、競技タイム)は、公式掲示板(Official Notice Board)に表示される。設置場所は、事前に競技者に伝えられる。

□抗議の手順

 選手や代理人からの抗議については、まず審判長がこれを口頭で受けることが基本である。抗議は、審判長が直接受ける場合と、大会本部をとおして受ける場合がある。
 選手からの問い合わせに応えることが難しいときは、「お手数ですが大会本部でご確認ください」と案内する。

□上訴の手順

 上訴委員会:聴聞会は、上訴があった場合のみ、規定により開催される。
  1. 上訴委員会の構成メンバーは、JTUルールにより事前に任命される。
  2. 上訴委員会で調停できなかった場合は、JTU理事会さらにJTU評議員会(総会)で調停を行う。
  3. ITU大会では、総会でも決着が付かなかった場合は、スイス・ローザンヌの国際スポーツ調停裁判所を最終決定機関として調停される。

12.<審判員の広報的役割>

□競技を伝える

 選手に最接近できる審判員は、大会を報道する仲介者ともなりえる。審判業務で「知りえる競技の推移」を伝える義務があるといえる。
 さらには、選手育成のための指摘で、競技力の向上にも貢献できるものである。審判員の無線や携帯電話は、広報にも大いに役立つ。そのためにも、審判員は、「豊かな表現力」のために努力をする。



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