JTU技術委員・連絡員・関係・選手各位 <選手を含め、広く回覧を願います>


 トライアスロン競技は、自己管理が大事と言われています。しかし、どんなに自己管理を意識しても、どうにもならないことがあります。そんなときのために、人間の弱い部分を具体的に知っておくことは有効です。

 (社)日本トライアスロン連合 メディカル委員会の勝村俊仁委員長と竹内元一副委員長が、「水泳中の突然死について」の論文を提出してくれました。専門用語が多いのですが、主要部分を紹介させていただきます。また、これにあわせ、JTU競技規則からの抜粋文も添付します。

2002年6月6日 (社)日本トライアスロン連合 技術委員長 中山正夫



「水泳中の突然死について」

(社)日本トライアスロン連合 メディカル委員会
勝村俊仁、竹内元一

・はじめに
 溺水事故のほとんどは入浴時の不慮の事故、河川や海への転落事故がほとんどであって、スポーツ中の溺水事故に関する統計はきわめて少ない。

 しかし、最近トライアスロンなどオープンウォータースイム競技での事故が散見されるようになった。これらの競技中の事故は原則的に「泳げる競技者」であるという点で、通常の溺水事故とは異なっている。

・事故の起こる要因
 事故が起こる要因は大きく3つに分けることができる。ひとつは、気象条件である。トライアスロンは河川・湖沼・海など自然の中で行われる競技であるから、当然気象条件に大きな影響を受ける。水温、風、波、流れなどである。

 二つ目は、個人の条件である。基礎疾患の有無、泳力、体調などである。

 三つ目は、主催者側の条件である。コース設定、監視・救助体制がこれにあたる。事故が起こるのはこの三つの要因が重なって起こることが多い。

・気象条件による事故とその対策
 過去には低水温や風・波・流れによって起こった事故もある。身体(特に頭頸部)を冷水に浸した際には、迷走神経の緊張を介し、極度の徐脈や重症不整脈を生ずることがあり、immersion syndrome とよばれ、水中における意識消失の原因となります。

・個人の条件による事故とその対策
 水泳競技中にその人のもっている基礎疾患あるいは、救急疾患が発症する場合があります。例えば、喘息のある人が競技中に発作を起こしたり、てんかんのある人がてんかんの発作を起こして意識を失ったりする場合がありますし、中高年者の虚血性心疾患の発症や肥大型心筋症、冠動脈走行異常、不整脈、大動脈瘤破裂などもともとある基礎疾患による症状が競技中に出る場合があります。これらは陸上では止まって休むことで回復可能な場合もあるでしょうが、水中ではこれらに引き続いて溺水による窒息を起こしてしまいます。

 これらの基礎疾患については、大会前の健康診断でみつかるものもあるでしょうが、普通の健康診断ではみつからないものも多くあります。これらが起こった場合には恐らく、突然ばたばたとした泳ぎとなり、意識がなくなり、溺水という経過を辿ると思われます。

 運良く近くで監視していて、溺水を起こす前に助け上げることができたとしても基礎疾患の重症度によっては救命できない場合もあります。

・入水前の過換気の影響
 呼吸中枢は通常動脈血中炭酸ガス濃度 PaCO2の低下により刺激されるので、過換気を行い PaCO2を低下させた状態では、息こらえを長時間持続することが可能となるが、呼吸促迫感のないまま運動による酸素消費が亢進し、低酸素血症から意識消失を呈することがある。

 これは、hyperventilation-submersion syndromeとよばれ、中高年者を対象としたマスターズ競泳大会などでは緊張による過換気により、また、シンクロナイズドスイミングでは水中での演技時間を延長する目的で演技前に過換気を行うことにより発生し、溺水の原因となる。過換気は故意に行われることも多く、選手や指導者に対する啓蒙が重要である。

・錐体内出血による急性平衡失調
 健康上何の問題もなく、泳ぎの得意な人が溺れる原因としては、これが主要な原因であることは、すでに1966年に上野正彦先生が指摘しています。上野先生は東京都監察医務院で溺死体の検案、解剖をしているうちに、溺死者の50〜60%に錐体内出血がみられることに気付き、また泳ぎの得意な人が溺れたり、背の立つ浅瀬で溺れたりすることに疑問を抱き、溺死の研究をされました。

 その結果、溺水に先立って、錐体内出血による急性平衡失調が起こっていることをつきとめました。これは、呼吸のタイミングを誤るなど何らかの原因で、鼻と中耳を結ぶ耳管という細い管の中に水が入ることによって、水の栓ができ、それに引き続いて起こる水の嚥下運動などにより、水の栓がピストン運動を起こし、また外耳からの水圧などの影響を受けて、鼓室内圧の急変が生じ、鼓室と連続して腔をつくる錐体内の乳様蜂巣も当然内圧急変の影響を受け、毛細血管が破綻して錐体内出血を起こすものと推定した。

 そのため、錐体の内部にある三半規管は、急性循環不全をきたし、機能は低下して平衡失調、つまりめまいが出現する。したがって、泳ぎが上手でも背の立つ浅瀬でも平衡感覚が失われ、溺れてしまうと考えました。

 「錐体内出血の予防と起こった場合の対策」について、上野先生はその予防についても述べておられます。
  1. かぜ気味の場合(鼻腔、耳管、咽喉頭、気道の粘膜に炎症があると耳管から鼓室に水が入りやすい)
  2. 耳鼻咽喉科に疾患のある場合
  3. 飲酒酩酊時(酩酊時には神経系統の総合的反応鈍麻があり、耳管から水が入りやすいし、また急性循環不全を生じやすい)─以上の状態のときは水泳をしないこと。
  4. 水泳中は口から吸気し、鼻から呼気を出すように呼吸すること(鼻から水を吸い上げると耳管から鼓室に水が入りやすく、錐体内出血を起こす危険がある)
  5. 外耳道に耳栓をするより鼻栓のほうが有効である(鼓膜があるから外耳道から水は中耳に入らないので耳栓の必要はない。鼻から吸った水が耳管から鼓室に入り、錐体内出血を起こす危険がある)
  6. 鼻口部より誤って水を吸い、気分が悪くなった場合は、直ちに水泳を中止し、水から出ること。錐体内出血そのものは致命的なものではなく、めまいが起こるだけで意識がなくなることもありません。
めまいはしばらく続きますが、1〜2週間で出血は吸収され、めまい・平衡失調は徐々に回復するそうです。

 問題はそのときにパニック状態になったり、泳ぎ続けようとするために、うまく呼吸ができずに溺水による窒息を引き起こしてしまうわけです。

・その他の外因による事故とその対策
 トライアスロンの特徴として、水泳競技は最初の種目であり、出場人数やコース設定によってはスタート時に混雑のためにバトルが起こることがあります。スタート時のみならず、最初のコーナーは選手が内側によってくるためにふたたびバトルが起きたり、潮の流れによっては間隔がつまってゴール前でも起こることがあります。

 そのような場所では、他の選手から蹴られたり、たたかれたり、沈められたりすることもありますし、誤って水を飲んでしまったり、錐体内出血を起こす機会も多くなります。

 個人の予防としては、自分の泳力に見合った位置で泳ぐことが重要です。遅いのに前のほうでスタートすると、後ろからきた速い人たちに沈められたりすることがあります。

=以上=

参考文献
  1. 「泳げる人の溺死について」上野正彦、日法医誌20(6):525-530,1966.
  2. 「死亡診断学(7)溺死を証明する」上野正彦、Modern Medicine 12(1):92-94,1983.
  3. 「心臓麻痺」上野正彦、『死体は語る』時事通信社、166-168,1989.
  4. 「自然環境がもたらす障害」勝村俊仁、村上元秀、救急医学25:703-706,2001.



トライアスロン・関連複合競技の大会
参加者の基本注意事項(JTU競技規則より抜粋)


 トライアスロンや関連する複合競技(以下、一括してトライアスロン)は、自然の環境の中で、水泳、自転車、ランニングなどを同一選手が連続して行うという変化の激しい競技スポーツであり、各種目を単独で行う時にはない様々な危険が生じる可能性があります。

 水泳(スイム)は、水温、潮流、波など変化の激しい海、川、湖等で行われるため、競技者は絶えず予期せぬ危険に直面しています。スタート地点での水温が適温と感じられても、一般に沖合では水温が下がったり、長時間にわたれば身体が冷え、体力の消耗、身体の機能低下を招きます。

 水泳の熟練者であっても避け切れぬ波により飲み込んだ水による胃けいれん、肺機能の異常、内耳に水が侵入し平衡感覚を失うという可能性さえあります。また、他競技者との接触等トライアスロンでの水泳は、自分が感じる以上に心臓をはじめ、身体への危険要因が数多く存在します。

 自転車(バイク)は、水泳の直後に行われるため、身体が冷えた状態でスタートします。そのため、普段乗り慣れた自転車も思うようにならず、関節など身体への負担が増します。

 水泳から自転車へと競技環境の急激な変化を伴うため、それまで行ってきた循環器系のサイクルも著しく変わり、血圧の急激な上昇など心臓等身体への負担が増大するといえます。

 ランニング(ラン)では、自転車によって大腿の筋肉疲労度が増大し、地面からの衝撃をやわらげて身体を支える機能が十分に働かない可能性があります。

 また、水泳、自転車の疲労から普段の練習と同じペースを守っているつもりでも思った以上の負担が掛かり、時期によっては炎天下・高温・高湿度というランニングには好ましくない条件が加わります。

 2000年のシドニー・オリンピックで採用された競技距離51.5q(スイム1.5q、バイク40q、ラン10q)やこれよりも短い距離においても、これらの数倍の距離のトライアスロン競技に比べ、エネルギーの消費量は低い反面、平均的競技スピードが上昇し必然的に心肺機能への負担が増加することになります。

 以上のことを十分に考慮して、トライアスロン大会への参加者は、日頃の健康管理・練習を怠らず、緊急時には自ら対処出来るよう鍛練が必要です。また、競技中においては、ルールを順守することはもちろん、自己のペースを守り、常に体調を把握し、水分補給を十分に行い、決して無理をしないよう心掛けることが事故を未然に防ぐために必要です。

 トライアスロン大会の経験者であっても、定期的な健康診断、負荷心電図検査などが日頃の健康管理に極めて有効な手段となります。特に大会初挑戦の方や、一般的に体力の衰えが目立ってくるといわれる30歳後半から40歳以上の方は、積極的に行うことをお勧めします。

 また、健康診断の結果が良好であっても、身体はあらゆる内的外的要因により変化するものです。大会前あるいは競技中であっても、微妙な体調の変化に的確な対応がとれるよう最大の注意を払うことが重要です。

 なお、主催者が大会に掛ける傷害保険は、競技中の傷害事故(いわゆるケガ)が対象となり急性心不全(心臓麻痺)等は対象になりません。

 トライアスリートの皆様が、十分な自己管理により、トライアスロンを楽しまれるとともに、勇気あるリタイアが明日への挑戦につながることをご認識いただくようお願いいたします。

=以上=