International Triathlon Union

運動中の事故を防止するために〜競技団体からの提言〜

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トライアスロンはスイム(水泳)、バイク(自転車)、ラン(ランニング)を自然の中で連続して行う魅力的なスポーツで近年愛好者が増加していますが、残念なことに競技中の死亡事例が発生しています。トライアスロンは、「レジャースポーツ」としてよりも「競技スポーツ」として認識し、十分に準備をして大会に臨んで頂くスポーツです。

そして、トライアスロンに限らず、マラソンやゴルフや他のスポーツでも運動中に突然死を起こす事例が発生しています。以下に運動中の突然死の原因となる身体の異常・疾患と定期健診の重要性、健康を自己管理することの重要性、熱中症や重症事故などにつながる危険な条件とその対策について記します。

 

 

<運動中の突然死について>
運動中突然死の原因となる病気は、年齢により異なります。

(1)中高年(40歳以上)のスポーツ中の突然死は、その多くが狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患、すなわち心臓の筋肉への血流が不足して発生する病気が原因となっています。これは生活習慣病の中で冠危険因子と呼ばれる高血圧、脂質異常症、糖尿病、肥満や、喫煙などが動脈硬化を進めてしまうことが原因となることが多いです。

(2) 一方青少年のスポーツ中の突然死では、肥大型心筋症や冠動脈奇形などの先天性・遺伝性の心臓病や不整脈が原因となることが多いです。
これらの病気は事前の検査で分かります。従って以下の項目に該当する人は、病院で検査を受けることを推奨します。(特に40歳以上の方には強く推奨します。

  1. 心臓病(心筋梗塞、狭心症、心筋症、弁膜症、先天性心疾患、不整脈など)の診断を受けたことがある。
  2. 突然、気を失った(失神)ことがある。
  3. 運動中に胸の痛みやふらつきを感じたことがある。
  4. 血縁者の家族・親族で’いわゆる心臓マヒ’で突然死された方がいる。
  5. 血圧が高い(高血圧)。
  6. 血糖値が高い(糖尿病)。
  7. 血中のLDLコレステロール(悪玉コレステロール)や中性脂肪が高い(脂質異常症)。
  8. 肥満(BMI≧25)(注.BMI:Body Mass Index=体重[kg]÷(身長[m])2)。
  9. タバコを吸っている。

(上記のうち5〜9は心臓の病気に直結する訳ではありませんが、潜在的な要因として注意する必要があります。)

受診先は、循環器内科もしくはスポーツドクターがいる病院が適切です。かかりつけの医師がいる場合は、まずかかりつけ医に相談してから検査を受けてください。必要な検査は医師が判断しますが、運動負荷心電図を含めたものが望ましいです。
スポーツドクターにはいくつか種類がありますが、日本体育協会が公認するスポーツドクターは以下のURLで専門科も含めて検索出来ます。
http://www.japan-sports.or.jp/tabid/75/Default.aspx

 

<所見>
年齢にかかわらず激しい運動と脱水が重なると、人間の心臓は心室細動を起こしやすくなります。この心室細動が起きると心停止の状態になりますので、トライアスロンやマラソンなどの激しい運動を行うときには注意が必要です。最近の半年間のうちに十分な練習と準備が出来ていない場合には特に注意することが必要です。いくら過去に大会出場経験や運動経験があっても過信しないことです。(昔のイメージを信じて無理をする方は、特に危険です。)また、ランニング中・マラソン中の心停止は、フィニッシュ付近での発生率が高いことが知られています。限界まで追い込む無理なラストスパートは、特に高強度の練習を十分積んでいない選手は控える・無理をしないレースプランが必要です。

 

<水泳について>
トライアスロンの死亡事例は、水泳中(海や川、湖などのオープンウォーター)に多く発生しています。
成人の水泳中の死亡事故の発生メカニズムについては、以下の点が考えられています。

 

  1. 冷水刺激による反射…急に顔を冷水につけると、迷走神経反射で心拍数が下がり徐脈になります。時として不整脈を誘発し、心停止に至ります。
  2. 飲酒…大会前日夜の最終飲酒からの時間が短かったり飲酒量が多いと、前夜のアルコールが血中に残存している可能性があります。
  3. 胃の膨満…食事や水分を摂りすぎた後にすぐ泳ぐと、腹腔内圧の上昇で心臓を圧迫します。
  4. 恐怖感…いわゆる「パニック」で溺れるものです。
  5. 筋ケイレン…泳いでいる時に下肢などの筋肉が痙攣を起こして溺れるものです。
  6. 平衡失調…呼吸の際に誤って鼻から水を吸い込み、吸い込んだ水が耳管の中で行き来して、圧変化により内耳の中にある錐体内に出血を起こすものです。
  7. 意識消失…過呼吸による「ノーパニック症候群」、冷水を気管内に吸引してしまうことにより迷走神経反射で心拍数が低下するものです。

(参考文献:「水死事故−そのメカニズムと予防対策」)

 

 これらは、泳げる者の溺死原因として知られています。初心者だけでなく泳げる人も十分な注意が必要です。また、運動中突然死の原因となる病気が水泳中に発生することも多いので、先に示したメディカルチェックを受けることを推奨します。

 また、トライアスロンやオープン・ウォーターの大会では、ウエットスーツは浮力が得られるため使用を推奨することが多いですが、サイズがきついと胸や腹部を圧迫するため、胸腔内圧や腹腔内圧が上昇して心臓を圧迫する危険があります。レースの時のウエットスーツは、何度か使用して身体に馴染んだものを使用することが適切です。古くてゴムが劣化したものや逆に新品で身体に馴染んでいないものは、どちらもレースでの使用は控えることが望まれます。

 

 水温が低い時には、たとえウエットスーツを着用していても身体を露出する部分が多いほど体温を奪われます。各大会で発表する水温や気温などの気象条件を参考にして、気象条件に合ったウエットスーツを選ぶことが必要です。

 逆に水温が高いときにウエットスーツを着用すると、体表からの熱放散が困難になり、スイム中に熱中症を起こす可能性があります。(スイム中は通常水分補給が出来ません。)特に温水プールに近いくらいの水温の時のウエットスーツ着用での30分以上のスイム競技は、選手個人での充分な熱中症の対策が必要となります。

 

 また、他の選手との接触の可能性が常にあり、蹴られたり、身体をつかまれたり、上から乗られて沈んだりすることもありますので、大会出場前には大勢の選手と一緒に泳ぐ(集団水泳)練習を行うことも推奨します。

 

 海で泳いでいる時に少量の海水を誤嚥(間違って気管の中に入ってしまう)すると、海水の塩分濃度は体液の塩分濃度の10倍以上ありますので、体の中の水分を引っ張って膨れ上がり、時間経過とともに肺水腫が起きてしまいます。胸部レントゲンで最初は異常がなくても、後から真っ白になるのが特徴です。スイムを上がった後、バイクの途中までは大丈夫でもそのうちに咳が出てきて止まらなくなり、血が混じった痰が出たり、息苦しくてレースを続けることが出来なくなり、無理をすると危険な状態となることがあります。

 

 海・川・湖などのオープンウォーターは、プールでのスイムとの違いを十分に認識し、ウエットスーツ着用のスイムを過信するのは大変危険ですので、個人のリスクを意識した大会参加を心掛けることが必要です。(ウエットスーツ着用無しでもレースの距離を泳げるだけの泳力をつけてからレースに出場することを強く推奨します。)

 

 注)公益財団法人日本水泳連盟が示す「OWS(オープンウォータースイム)検定基準」では、例えば1.5kmの出場距離の泳力の目安として、「15分続けて泳げる」「方向確認が確実に行える」「3分間の立ち泳ぎが出来る」「緊急時の対応技術として背浮きができる」などの指針を示しています。

 

<熱中症について>

 暑い環境で長時間運動するので、トライアスロンは熱中症の危険が常にあることを強く意識することが必要です。熱中症は死に至ることのある危険な内科的障害です。ただし正しい知識と対応で十分予防可能です。
スポーツ競技中や屋外での活動中に予防のためには次のことに注意することが必要です。

  1. 暑いとき、無理な運動は事故のもと
    レースは暑い環境で行われるので暑さに慣れる必要がありますが、練習を暑い環境で行うときには頻回に休憩をとり水分・塩分補給を行い、体調の変化には十分に注意し、レースの時もあまりにも暑ければ、無理せずペースを落とし、エイドステーションでしっかり休んで充分に補給することが必要です。
  2. 急な暑さに要注意
    シーズンはじめの大会は、身体がまだ暑さに慣れていない状態であり、汗に含まれるナトリウム(塩分)の濃度も高く、塩分不足にもなりやすいです。この時期に急に気温が上がると熱中症になることが想定されます。暑さに慣れていない時期に急に暑くなったり、湿度が高くなった場合には一層注意して水分と塩分を補給し、無理な行動を取らないことが必要です。
    また普段からクーラーの効いている屋内に居る時間が長い人は、真夏でも暑さに慣れてないので無理が利きにくいと判断することも必要です。
  3. 失われる水と塩分を取り戻そう
    暑いときには、汗からは水分と一緒に塩分も失われますので、こまめに水分を補給したり、スポーツドリンクで塩分も一緒に補給することが効果的です。2時間を超えるような長時間運動では、塩や梅干しなど塩分を直接補給するのも有効です。水分補給量の目安として、運動による体重減少が2%を越えないように補給することの意識が必要です。運動前後に体重を測ると、個人の失われた水分量の把握ができます。
  4. 薄着スタイルでさわやかに
    暑い時の衣類は吸湿性、通気性の良いものにして、常に身体から熱の放散を意識することと、直射日光がある場合は常に帽子の着用を行うことが効果的です。
  5. 体調不良は事故のもと
    暑い時は、体調が悪いと体温調節能力が低下し、熱中症を起こしやすくなるので、疲労、睡眠不足、発熱、風邪、下痢など体調の悪いときは絶対に無理に運動をしないことや日差しの強い屋外に出ないことを強く推奨します。また練習不足の人、肥満の人、暑さに慣れていない人、過去に熱中症を起こしたことがある人は、特に暑さに弱いので注意が必要です。

 

<レース出場にあたっての熱中症予防のまとめポイント>

  1. 風邪気味や身体がだるいなど体調が悪いときは参加を見合わせる。(熱中症を起こしやすい状態です。)
  2. レース前日から、喉の渇く前にこまめに水分を補給する。また塩分も梅干しなどで普段より多めに摂取する。
  3. レース前日の夜は過度なアルコール摂取を控え、早めに就寝し、睡眠時間を十分に取る。
  4. レース前は可能な限り風通しの良い日陰に入る。
  5. レース開始前からこまめに水分を補給する。(15分〜20分毎に50〜100ml程度)
    ※ペットボトルを一気に飲みほすような飲み方ではなく、少しずつ飲む。
    ※水分だけではなくスポーツドリンクなどで塩分も合わせて補給する。
  6. レース中は、エイドステーションでは飲むだけではなく身体に水をかけ体温の上昇を抑える。
  7. レース中はもちろん、会場ではできるだけ帽子を被り、直射日光から頭部を守る。
  8. レース終了後は日陰に入り、水分・塩分補給に努める。

 

<熱中症の症状ポイント>

  1. めまい、大量の発汗、筋肉のこむら返り
  2. 頭痛、吐き気、嘔吐、悪寒
  3. 意識がもうろうとする
  4. 視線が定まらない
  5. 真っ直ぐ走れない
  6. 呼びかけに答えられない
  7. 会話が成り立たない

上記症状の場合には迷わず競技を中断し休息する・休息させることが必要です。日陰に入り水分・塩分を補給し、後頭部や脇の下を冷やし、うちわや扇風機で送風することが有効です。応援を呼び複数の人で対応し、重症化させないためには早期対応を心掛けることが重要です。
(「第28回長良川国際トライアスロン大会・第15回日本ジュニアトライアスロン選手権長良川大会」 参加者最終案内より引用、一部改変)

 

<所見>

 ここまでのことを参考にして、常に意識して大会(競技会)に臨み、スポーツとしてトライアスロンやマラソンを楽しむことを常に心掛けることが適切です。途中でリタイアすることは決して恥ずかしいことでは無く、トライアスロンやマラソンを心から謳歌するためにも、「勇気あるリタイアは明日への挑戦につながる」ことを、競技団体は提唱します。皆さんの笑顔でのフィニッシュをお待ちしています!

 

 

参考文献ならびに資料:

  • 「市民マラソン・ロードレース申し込み時健康チェックリスト」公益財団法人 日本陸上競技連盟医事委員会2013.4.11改定
  • 「マラソンに取り組む市民ランナーの安全10か条」日本体力医学会ガイドライン検討委員会、公益財団法人 日本陸上競技連盟医事委員会 2013.5.10
  • 「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」公益財団法人日本体育協会 2014.4.16改訂
  • 「オープンウォータースイミング(OWS)競技に関する安全対策ガイドライン 財団法人日本水泳連盟 2010.3
  • 「水死事故−そのメカニズムと予防対策」財団法人日本水泳連盟監修 日本水泳連盟医・科学委員会、日本水泳ドクター会議編著 1993.9.30
  • 第28回長良川国際トライアスロン大会・第15回日本ジュニアトライアスロン選手権長良川大会 参加者最終案内

 

 

公益社団法人日本トライアスロン連合(JTU)
メディカル・アンチドーピング委員会

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